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2008年07月26日

ルーツ・・・。

 人それぞれ、ルーツがあると思います。
 
私にもなぜ今建築をやっているか?ルーツがあります。
 
 今回、雑誌に掲載するため、会社の倉庫から、そのルーツを
 
探し出してきました。(あまり残っていなかったのが残念でした・・・)
 
 この写真が私のルーツです。
 
 
sin02-01.jpg
 
  昔の写真です。当然写っているのは私ではなく、先代濱田 新一です。
 
前の列の向かって右から2番目に写っている、オールバックが本人です。
 
 千住局(東京ですね。)にてと書いてあります。
 
 先代は、戦前 逓信省(現在のNTT、郵政、総務省の前身です。)の
 
建築技師(今でいう 建築家 です。) を務めていました。
 
逓信省では建築技師 吉田 鉄郎 氏の下、建築を学んだと聞いています。
 
 現場で背広っていうのもなんかおかしい気もしますが、それが建築技師としての
 
誇りなんだろうと思います。
 
 そして後ろに写っている方々・・・
 
なにやら、上着に文字が書いてあります。
 
大倉土木株式会社。
 
 ご存知ですか?
 
そう、今のスーパーゼネコン大成建設(私の同期も数人入社しています。)の
 
前身、大倉土木さんの職人さん?か監督さんだと思われます。
 
  sin01-01.jpg

 
 こちらは、尼崎郵便局電話分室という看板が掛かっています。
 
こちらも逓信省の建築技師の方に混じって左から4番目に写っています。
 
 またもやオールバックに(笑)、背広。
 
 sin01-01.jpg
 
  こんな写真もありました。
 
 製図板の前に、蝶ネクタイ、ネクタイをつけた方々の中に先代が前列左に
 
 写っています。 建物の感じ、屋根の構造からすると、建築の設計室っぽいです。
 
  多分、逓信省の設計室と思われます。
 
 皆さん若手の建築家の方々なのだと思います。
 
  日本全国を飛び回って、そして終戦を迎えたこの敦賀の地で、
 
 先代は、自身の持った経験、知的財産を持って起業をします。
 
  それが終戦まもなく、そして濱田建設株式会社と名を変えてから、
 
 来年で60年が経とうとしています。そしてこれらの写真は、80年近く前の写真と
 
 推測されます。
 
  小さい頃、私は先代に毎日の様に叱られました。
 
その頃から、建築の厳しさを教えられ、アンチ建築になったのは言うまでもありません。
 
  しかし、カエルの子はカエル。トンビは鷹を産みません。
 
  写真を見れば、若い頃に努力をされた事が良く分かります。
 
 私の努力など、先代の足元にも及ばない・・・ただ、建築家として日々努力して行く事が
 
 私の人生なのだと、建築のプロフェッショナルとして皆様のお役に立てれば・・・
 
 と、そう感じています。
 
  この時期になると先代の命日が近づいてきます。
 
 先代に負けない努力し、こんな田舎の敦賀から、日本のトップレベルを目指します。
 
 For The Customer ~全ては顧客のために~
posted by HAC at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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